私が醜形恐怖に駆られたときに気をつけていること

醜形恐怖

概要

こんにちは。皆さまは自分自身のことをお好きでしょうか?「自分大好き!」という人もいれば「自分にあまり自信がもてない」という人もいらっしゃるかもしれません。私自身は後者のタイプです。

世の中には、ひとつの精神的な病として、「醜形恐怖症」というものがあります。この病の主な症状としては、自分の体の一部分を欠点と感じ、その部分に対して極めて否定的な見方をしてしまうことが挙げられます。中には「その欠点さえ改善されれば自分は幸せになれる」という偏った見方をしてしまう人もいます。

「醜形恐怖症」は英語で「dysmorphophobia」と呼ばれ、これは複数の国で共通の病であることがわかります。

私がこの病に興味を持った理由は、私自身、醜形恐怖に駆られることがあるからです。昨年は特に症状がひどく、自分の気になっている部分を整形することも考えましたが、なかなか前に進むことができず、最終的には思い留まりました。

その後紆余曲折あり、現在はある程度症状が安定しています。今回の記事では私がなぜこの恐怖を和らげることに成功しているのかについて考察させていただければと思います。

自分にできることを考える


私自身の実感として、醜形恐怖に駆られる原因として「自尊心が低いこと」が挙げられると考えています。自尊心が低いからこそ、自分の気になっている体の部分が気になってしまい「ここさえ改善されれば私は自信が持てるようになる」と考えてしまいます。

Individuals with low self-esteem or poor development of a stable sense of self, get anxious when they find themselves not meeting descriptions of beauty accurately.(自尊心の低い人や安定した精神状態を保つのが苦手な人は、自分が正確に美しいタイプでないと分かったときに不安になりやすい。) - Recognizing Body Dysmorphic Disorder (Dysmorphophobia)

つまり、これは過度に一つの考え方にとらわれている状態となります。

Another peculiar feature is the unusually dramatic expectation that these patients have from the corrective procedures/surgeries, which is usually unmet after the surgery as a result many patients may request for repetitive corrective procedures.(もう一つの固有の特徴は、矯正外科に対するおおげさな期待である。そしてその期待は往々にして実際の手術結果とマッチせず、結果として繰り返し手術を求めるようになる。) - Recognizing Body Dysmorphic Disorder (Dysmorphophobia)

そして、私はこの考え方にとらわれてしまったときに、できるだけ次のような手順を踏むことにしています。

まずは「極端な考え方にとらわれていること」を自覚する

まず、自分が醜形恐怖に駆られ始めたときに「今、極端な考えにとらわれているな」と自覚することが大切だと思います。なぜなら、これを意識するだけで自分がいかに極端な考え方に囚われているかを意識することができるからです。すると、例えば鏡を過度に見てしまったりするような行動のおかしさに気づけるようになり、そういった行動が減っていきます。

自分にできることをとにかく実行する

ある程度自分の考え方のおかしさに気づけたら、次に自分にできることをとにかくやってみます。どうしても鏡を確認したいと思うときでも、とにかく行動に移します。これはなんでも構いません。私の場合は特に無理なく始められることをやるようにしています。それは例えば掃除だったり、皿洗いだったり、この記事を書いているように「自分の気持ちを吐き出す」ことだったりします。そうすると、自然と醜形恐怖から意識がそれ、自分ができることに意識が向くようになります。そうすることで自尊心をある程度回復できます。

習慣の恐ろしさに気づく

習慣はときに強い武器となりますが、その反面諸刃の剣でもあります。つまり先ほど紹介したようなある種の「確認行動」(鏡を確認してしまう等)は多くの場合習慣化されており、なかなか断ち切ることができないということです。これはとても恐ろしいことです。

ですので、醜形恐怖に長らく侵されている人は、ある程度長い期間をもってその恐怖と戦っていかなければならないことを自覚する必要があると考えています。現に私はある程度回復していますが、未だに恐怖に駆られてしまうことがあります。もちろん以前ほど強烈ではありませんが、恐怖にかられてしまったときに、人間の習慣の恐ろしさも同時に感じます。

醜形恐怖に駆られた場合、結果を焦りすぎることは禁物です。つまり「早く●●の部分を改善したい」といったり「はやくこの恐怖を取り除きたい」といったような、結果を早く求める気持ちがさらに恐怖を倍増させます。 ですので、まずは自分が醜形恐怖に駆られていることを自覚し、気長に付き合っていく姿勢を保つことが重要です。

まとめ

今回は私がなぜ醜形恐怖に駆られても、それを和らげることに成功しているかについて書きました。正直、私はいまだに醜形恐怖を断ち切れていない部分があります。それでも、症状がひどかった昨年に比べると精神が安定していますが、改めて自分にしみついた悪習慣の恐ろしさを感じてしまいます。

とにかく醜形恐怖に駆られている時間はとてもつらいことだと思います。それでも、自分にできることを一つひとつやっていけばきっと改善されるはずです。

この記事が読んでいただける方の参考になれば幸いです。

この記事を書いた人

ミニマメンタル管理人

「ミニマメンタル」の管理人。
普段からメンタルヘルスに興味があり、元々好きだった「ミニマリスト」と掛け合わせて新たなサポートの形を提供するべく当ブログを設立。

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