幸せに生きるためには比較しないことが大切です

ミニマリスト

はじめに

こんにちは。

最近はSNSやYoutubeで、一般の方でもどんどん成功される方々が台頭するようになってきました。
そういった方々が登場するようになって、他の方々もそれに続くように情報を発信するようになってきました。

しかし、そのような方々が増えるにつれ、「自分も早くあっち側にいかなければ」と焦られている方もいるのではないでしょうか?
現に私はそうでした。
それは自分の立場と彼らの立場を比較して、彼らの立場こそ良いものであると思ってしまっていたからです。

しかし、こう言った考え方こそ自分を滅ぼしかねません。

ですから、今回の記事では比較しないことがいかに大切であるかということについて書こうと思います。

人はなぜ比較したがるのか

そもそも、人はなぜ比較してしまうのでしょうか。
なぜ物事を区別して分けようとするのでしょうか。
そこには様々な理由があると考えられます。

・比較・分類を行うことで物事を論理立てて、発展させることができる。
・比較・分類することで物事整理する。
・比較することで自分と他者の役割をはっきりさせる。

ざっと私なりに思いつく「比較」の良いところをあげてみました。
しかし、比較することは良い側面だけではありません。

・自分と他人を比較することで、自分の優位を感じたい
・逆に他人を見下したい
・周りと自分を比較し、周りと同じであることで安心を感じたい

このように比較することには自身の欲望によってそれが行われる側面もあると思います。

フェスディンガーは、「人には自分の意見や能力を正しく評価されたいという欲求があるために、自分と他者を比較する傾向がある」とし、「下方比較」と「上方比較」という概念を提唱しました。 - アゴラ

さらに「比較」するのは日本人だけではありません。

人は、ついつい他人と自分を比べてしまう生き物です。それは洋の東西を問わず、人間の普遍的な心理と言っていいと思います。「日本人は他人と比較するが、そのほかの国の人々は他人と比較せずに自分らしく生きている」ということはありません。それどころか、現実には他国と比べることで競争心を燃やしたりする人々が多いものです。 - SBCr Online

以上を考慮すると、「比較」するということは人間における普遍的な活動であるのかもしれないですね。

比較三原則

「比較三原則」はみうらじゅんさんが提唱した言葉です。

この世にいるのが自分だけだとしたら、比較もしないし、もしかしたら苦しみも生まれないかもしれません。他人がいて、それを比較する言葉があって、はじめて自分の立っている位置を認識します。比較ができるからこそ人類は進歩したのかもしれないし、比較こそが苦しみを生む原因なのかもしれません。

これを「比較三原則」と私は勝手に呼んでいます。

”他人と過去と親”。この三つと自分を比較してはいけないのです。

比較三原則 ~『マイ仏教』(みうらじゅん)を読む

みうらじゅんさんは様々なことに興味を持って、しかもそれぞれかなり深いところまで研究されている方ですが、こと仏教においてもかなり知識を持っているように見えました。

実際に、「最後の講義」では仏教における「空」の概念について持論を展開されていました。

そして、この「比較三原則」はそんなみうらさんによって放たれた言葉です。

みうらさんは「ゆるキャラ」などの言葉を提唱した方ですが、彼こそ周りとの比較から解き放たれたような趣味をお持ちであるような感じがします。

例えば、最後の講義においては街中で見つけた看板の文字だけで般若心経を作る「アウトドア般若心経」をやられたそうです。

彼はこういったことを「誰かに見せびらかしてやろう」とか「すごいと言われたい」などという気持ちでやっていないように見えます。

私は、こういうところがみうらさんのすごいところだと思っています。

比較から解き放たれた人ですね。

禅における比較

日本に「禅」という文化があります。
やはり、禅はメンタルヘルスを考える上でとても良い思想を持っていると思います。

禅の世界では物事を比較しないように考えるようです。

ではなぜ禅では比較しないことを考えるかというと、ものの価値というのはそもそも相対的なものであるからです。

これに関しては「アクバルとビルバル」の話が非常にわかりやすいです。

インドの昔話に頓智を題材にしたなかなか面白い話がある。

 

16世紀のインド、ムガル帝国の第3代皇帝の座に就いたのはアクバルという人物であった。ある日、このアクバル皇帝が自分の宮殿の床に1本の真っ直ぐな線を引き、臣下たちに次のような難題を突きつけた。

 

「誰か、この線を短くすることのできる者はいるか。ただし、線の一部を少しも消さずにだ

 

臣下らは一人ずつ線のそばにやってくるが、どうすることもできずに降参し退き、誰もこの難題に答えることができない。困り果てていると、ビルバルという人物の番がやってきた。

 

このビルバルという人物は臣下というよりも、娯楽を担う道化のような役割の人物だと考えられている。ビルバルは床に引かれた線のそばにやってくると、その線の横にもう1本、皇帝が描いた線よりも長い線を画いた

 

臣下らはそれを見て驚きの声をあげた。

「なんと、確かに皇帝の線が短くなった!」

ビルバルはアクバルの引いた線に触れることなく、見事に最初の線を短くしてみせたのだった。

禅の視点 - life -

つまり、ものの価値というものは相対的なものであり、比較によって決まるということです。

例えば月収100万円を稼ぐ人がいたとして、一般的な人からするとかなり稼いでいると思われます。
しかし、月収1億円稼ぐ人から見るとその人の収益はなんのことはないお金です。

このように、ものの価値は相対的なものであり、しかも一方では価値のあるものが、他方では価値が無かったりするのです。

こうなると、例えば自分の身長がどうだとか、お金の稼ぎがどうだとか、ということで一喜一憂する意味はあまり無いように見えますね。

むしろ、今の世の中はSNSの発展により常に上が見えやすい状態なので、満足感を得にくい分、比較することは不幸を生み出すだけなのかもしれないですね。

ここで話を禅に戻すのですが、禅には「無分別」という言葉があります。
文字通り、物事を分別しないというような意味になります。

禅では物事を他のものを比較せず、何かものがあったらそれはそれとして周りと比較することなく見る、という考え方を大切にしているようです。

一方、禅が説く無分別とは、物事を区別せず相対的に考えない思考のことをいう
それは物事をありのままに受け取り、比較をしない物の見方ということでもある。

大小、多少、高低、優劣、長短、軽重……。
世の中はありとあらゆるものが相対的な観念によって成り立っているが、それらはすべて比較によって生まれた価値判断であって、そのもの自体に対する判断ではない。比較によって生まれた価値ではなく、そのもの自体の価値をしっかりと把握するべきであるというのが、無分別という禅語の説くところというわけだ。 - 禅の視点 - life -

先ほどの話で言うと、一般的な人からみると月収100万円は「良いもの」であると思われるかもしれません。
しかし、それがなぜ「良いもの」であるかを考えたとき、単純に数値の上で多いからという考え方をしてしまっているのではないでしょうか。
確かに数値の面だけ見ると、一般的なサラリーマンの方々よりも月収100万円を稼いでいる方のほうがより多く稼いでいるかもしれません。

しかし、本当に「多い=良い」ということなのでしょうか。
私は、これが禅における「無分別」が意図することだと思います。
恐らく、「多い=良い」という思考に支配されている方にとっては月収100万円が稼げたとしても、「月収1億円の人が羨ましい」となってしまうのでしょう。
こうなると、いつまでたっても比較による不満のループは止まらないような気がしますね。

結局どうするのがいいのか

ここからは私の推論の話をします。

結論、「比較」をやめることが幸せに生きる上で一番大切なことではないかと思います。

もちろん偉そうに書いている私も「比較」をやめるに至っていないところがあります。
しかし、今までの人生で比較することをやめれた部分はあります。

・周りの友人は飲み会が好きだったけど、自分は嫌いなのでやめた
・周りの人はスポーツだったり、ファッションだったり、流行に乗るのが好きだけど、自分は得意ではないのでやめた。
・周りの人はとかく大企業に入りたがっていたが、自分はそんな能力もないし、組織も苦手だったのでやめた

他にもいろいろありますが、ざっとこんな感じでしょうか。
今まで周りと比較して、周りと合わせようとして苦悩していた部分もあったのですが、自分にはそれができませんでした。
するといくらか気楽に生きられるようになりました。
もちろんやめた部分においては、人からとやかく言われたこともあるし、能力がないこともわかっています。
しかし、そんな私でもやれることがあります。
そして比較をやめだしてからは、やれる部分を伸ばしていこうという気になれました。

いかがでしたでしょうか。
もし、自分が不幸であると感じるなら、今一度他の人と「比較」をしすぎていないか見直す必要があるかもしれません。

この記事を書いた人

サノ

「ミニマメンタル」の管理人。
普段からメンタルヘルスに興味があり、元々好きだった「ミニマリスト」と掛け合わせて新たなサポートの形を提供するべく当ブログを設立。

コメント

  1. […] […]

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