脳内反省会が始まったときに私が気を付けていること

メンタルヘルス

はじめに


人が生きているうえでついつい「やってしまった!」と思うことは多々あると思います。
例えば仕事でミスをしたり、飲み会でついつい言わなくてもよいことを口滑らせてしまったり。
私は先日飲み会で酔っぱらってしまって、ついついしゃべりすぎてしまいました。

おそらく多くの人がそうであるように、私は自分が「やってしまった」と思ったときに「もう少し気を付けていればよかった」と脳内反省会を始めてしまいます。
そして反省すればするほど後悔の念が強くなってしまい、それがまた新たな反省を生むという負のスパイラルに陥ってしまいます。

しかし、最近はいくつかのことを心がけることによってこの症状も回復傾向にあり、ついつい脳内反省会を始めてしまったときでも前向きに生きられるようになりました。
今回の記事では私が脳内反省会を始めてしまったときに心がけていることについて書いてみようと思います。

自分にできることからはじめてみる

実際にはこれがすべてなのかもしれないですが、過去のことを悔やんでも仕方がありません。
どれだけ過去のことについて考えたとしても、また悔やんだとしても、その過去を変えられるはずがありません。
起きてしまったことは起きたことです。

といいつつ、私はなかなか脳内反省会をやめることができませんでした。
頭では「後悔してもしょうがない」と分かっているのですが、どうしてもやめられませんでした。

では最近はどうしているかというと、脳内反省会を始めてしまったら「とにかくなんでもよいので自分にできることをはじめる」ようにしています。
具体的には、例えば以下に挙げるようなことをやっています。

・部屋の片づけを少ししてみる
・皿洗いを少しだけ片付ける
・仕事の資料を少しだけ整理してみる

ここでいくつかのポイントに気を付けています。

脳内反省会は妨害してなんぼである

まず私が意識しているポイントは、「脳内反省会の途中であってもとにかく始めること」です。
私が脳内反省会に勤しむときは大抵なにもしていないときです。

なにもしていなかったりゴロゴロしたりして過ごしていると、たまに自分のやらかしてしまったことを思い出すことがあります。
そして多くの場合はそのまま脳内反省会が開催されてしまいます。
多分、なにもしていないときは考えることくらいしかすることがないからだと思います。
そして大抵の場合、考えることによってだけでは脳内反省会を終わらせることはできません。

昔の私は「思考」と「行動」が別のものであると考えていました。
これは「精神」と「身体」が別のものであると考えていたからかもしれません。
だから「思考」の問題は「思考」だけで、つまり考えることによってだけで解決しようとしていました。

しかし、実際には「思考」と「行動」は密接に結びついていることが最近なんとなく体感でわかってきました。
脳内反省会を妨害するかのように何か行動を起こしてみると、最初はそれらの作業に集中できないでいるのですが、それでも続けているとだんだんと脳のほうで反省会を終わらせてくれるようになりました。

そして「家事」だったり「仕事」だったりは生活の必要なタスクで、それが終わったことの達成感で気持ちが満たされるようになりました。
すると気づけば脳内反省会は終了しています。

これは「やる気を起こすにはどうしたらよいのか」という話にも関わってくると思います。
様々なところで、やる気を出したいのであればまずは「行動」するべき、というようなことが言われていますね。

人間は、行動を起こすから「やる気」が出てくる生き物なんです。

仕事、勉強、家事などのやらないといけないことは、最初は面倒でも、やりはじめると気分がノッてきて作業がはかどる。そうした行動の結果を「やる気」が出たから…と考えているだけなんですよ。

「簡単にやる気を出す方法を教えてください!」→脳研究者「やる気なんて存在しない」

脳内反省会は「やる気」の話とは少し異なるかもしれませんが、結局何かを始めてみると今まで考えていたことはだんだん薄れてきて、作業に没頭している自分がいることに気づきます。
その点では両者の最終地点は一緒であると言えそうです。

「少しずつ」を心がける

先ほど私がやっていることを3つほど羅列しましたが、そのすべてに「少し」という言葉を入れました。
これは先ほどの「やる気」の話とも関わっていますが、とにかく「少しだけ」やるつもりで何かを始めるとスムーズに取り掛かれることがわかってきました。

私の場合、特に脳内反省会の最中は自罰的になっていることが多いので、大きな目標(例:部屋を完璧に片付ける、仕事を終わらせる等)を立ててしまうと、今の自分とそれらのタスクが完了していない自分とのギャップでさらに自罰的になってしまいます。

そしてこれを解消するのが「少し」でいいので何かを始めるということだと思います。
最近は1mmでも何か前に進むとラッキーという感じで作業に取り掛かるようにしています。
1mmでも前に進まないよりかはましです。
そして大抵の場合は1mm以上進んでしまいます。

1mmも進みたくないときもありますが、最近は「少し」をこころがけることで行動を起こせるようになりました。

できたことに注意を向けてみる


今までは「行動」を起こすことで「現在」に意識を向けることの重要性を書いてきましたが、逆に「過去」に目を向けるということもやったりします。
しかし、ただ過去の出来事を思い出そうとするとまた脳内反省会に突入してしまいますので、なるべくできたことを思い浮かべます。

例えば仕事でミスをやってしまったとしたら次のように考えます。

・仕事でミスしたけどそれは挑戦した結果だ
・少し失敗してしまったところもあるけど、それ以外はほぼ完ぺきにできていた
・ミスしたおかげで自分の弱点が分かった

私は完璧主義的な傾向があり、よく少しのミスで落ち込んだりすることがあります。
しかし、人間は完璧な生き物ではないのでミスすることはよくあります。
なので、ミスをしてしまったときは自分が少しでも達成できたことに意識を向けるようにこころがけるようにしました。
そうすることで以前よりも脳内反省会を終わらせるスピードが速くなりました。

「自分はたいしたことない」と考える

「自分はたいしたことない」と考えられると、スッと気もちが楽になり、脳内反省会が終わることがあります。
しかし、この方法は自罰的になることとは違います。
というよりはむしろ「謙虚」な自分を取り戻すことに近いかもしれません。

私の好きな芸能人であるタモリさんの名言に下記のものがあります。

人間って『自分がいかに下らない人間か』ということを思い知ることで、スーッと楽にもなれるんじゃないかな - タモリの厳選11の名言から学ぶ【人生と仕事の哲学】

「自分はたいしたことない」と考えることは、タモリさんのこの名言を参考にしています。
上記名言の真意はわかりませんが、私は決して「自罰的になること」とは違うと考えています。

脳内反省会、つまり私が自罰的になっている心境というのは「自分ならもっとやれたはずだ」と思っているときです。
自分でも思いますが、これは少し傲慢なのかもしれません。

お笑い芸人の明石家さんまさんは「落ち込まない」と聞きましたが、これは自分のことを過信していないからだそうです

「自分ならもっとやれたはずだ」というのはある種自分のことを過信しているのかもしれません。
実際に「自分はたいしたことない」と思いながら深呼吸すると、悔しい思いから解放されて気が楽になっていきます。
脳内反省会が起こってしまうときは、自分のことを過信しているときなのかもしれませんね。

まとめ

いかがでしたでしょうか。
私が脳内反省会を始めてしまったときに心がけていることを記事にしてみました。
この記事で紹介したポイントは次の3点となります。

・自分にできることからはじめてみる
・できたことに注意を向けてみる
・「自分はたいしたことない」と考える

これは飽くまで私の試している方法となりますので、ほかに良い方法はたくさんあるかもしれません。
しかし、この記事が自罰的な感情から逃れるための一助となれば幸いです。

この記事を書いた人

サノ

「ミニマメンタル」の管理人。
普段からメンタルヘルスに興味があり、元々好きだった「ミニマリスト」と掛け合わせて新たなサポートの形を提供するべく当ブログを設立。

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