あなたは完璧を追い求めすぎていませんか?

メンタルヘルス

完璧主義って良いこと?悪いこと?

私は「完璧主義」と聞くと、高校の頃に国語の授業で学んだ 「山月記」 の李微を思い出します。山月記の中で、優秀な役人であった李微は、その自尊心の高さもあいまって詩人になることを決意します。しかし、詩人としての才能を発揮できずに役人としてやり直すことになりました。かつての同期の出世などを目の当たりにし、命令される日々に耐えられなくなった李微はついに宿から飛び出し、森で「虎」になってしまったのです。自分自身の境遇を自嘲し、徐々に人間としての理性が失われていく李微の様子にはどこか「哀れみ」すら感じます。

優秀な役人でありながらも、詩人というさらに高い理想や目標に向かって進んだ姿は「完璧主義」をイメージします。完璧主義でプライドが高く、負けず嫌いなその様はまさに「虎」という動物に近いのかもしれません。虎になった李微は物語の中でこう述べています。
 

己の珠なるべきを半ば信ずるがゆえに、碌々として瓦に伍することもできなかった。 - 臆病な自尊心 – こんな読み方がいいんじゃない

私は李微が苦しんだ理由として 「自分自身の中にある「完璧」な才能を半ば信じるがゆえに、才能がないと思い知らされるのに耐えられなかった」 ことがあるのではないかと思います。

元々、完璧という言葉の語源は「傷のない玉」が由来ですから、「己の珠なるべき」を信じていた李微は、自分自身に欠点がなく才能があることを信じていたのです。しかし、挫折や失敗に耐えられず、妻子を捨ててまでも森に逃げ、ついには虎になってしまった。なんだか、やるせない気持ちになるような話です。

高い理想や目標を追い求め、自分自身を厳しく律しながら努力を行うこと自体は素晴らしいことです。理想や目標は高く持て、それに向かって努力することは素晴らしいと教育されてきた私たちですから、自然と「完璧主義」になってしまうのも無理はないのかもしれません。

しかし、「過ぎたるは猶及ばざるが如し」という言葉があるように、何事も度が過ぎることは足りないことと同じように昔から扱われてきました。 それでもなお、人々はなぜ「完璧」を追い求めてしまうのでしょうか? そこには誰しもがもつある「恐れ」に関係しているのです。

人が「完璧」を追い求める理由

では、今の世の中の「完璧主義」な人ってどのような人のことを言うのでしょうか?完璧主義者の特性としていくつかの行動が見られることが研究によって指摘されています。

・仕事をしている最中、正確に行えているか否か絶えず気をもんでいること
・最善を尽くしても十分であるとは思えず、もっと良く行わなければと思っていること
・実行可能とは思えない水準まで要求を高く持っていることも

完璧主義は、すべての問題に完璧な解決があると考え、物事を完璧に行うことが可能であると思っていて、なおかつわずかな間違いも深刻な結果をもたらすと考える傾向であるとも定義されています。

なぜ過剰なほどに完璧を追い求めるのか、その理由は 「失敗への恐れ」 があると言われています。

完璧主義の人の根本には失敗することが怖いから完璧を追い求めている部分があるのです。 そして、わずかな間違いでも深刻な結果をもたらすと考えてしまうことで結果的に自分を追い込んでいるといえます。失敗をしたりミスをすることを怖いというのは大なり小なり誰もが思っていることですが、完璧主義の人はそれが少し「行き過ぎ」の部分があるのかもしれません。

参考: 完璧主義の適応的構成要素と精神的健康の関係

「完璧でありたい」が自分の行動を先延ばしにする?


完璧主義の人の根底には「失敗への恐れ」があることが指摘されていますが、近年の研究ではそのような過度の失敗への恐れが行動の先延ばしを促進することが明らかになっています。

完璧主義の人は、失敗を恐れる気持ち と、自分の行動に対して「本当にこれでいいのだろうか」という疑いを持ちやすいのです。その2つが作用して、「ほどほど」のレベルが許せない完璧主義の人は自分の行動を先延ばしにしてしまうというわけです。

高い目標の実現のためには、それなりの時間をかけて努力をするなどの試行錯誤の期間が必要です。しかし、完璧主義の人は自分の行動を先延ばしにしてしまって結果的に目標の追及に十分な時間がかけられていないのかもしれません。

参考: 大学生の完全主義傾向と先延ばし行動の関係について

「失敗」ではなくて「うまくいかない方法」を知ったと思うこと

エジソンは、電球を開発するときに1万回失敗したと言われています。もしもエジソンが完璧主義者だったら、「次も失敗するのが怖い」と思ってなかなか開発が進まなかったり、「本当にこれでいいのだろうか」と疑念を持ちながら行動を先延ばししていたかもしれませんね。そうであったら、私たちの生活に電球というものが普及されるのはもっと後だったかもしれませんし、最悪の場合は電球というもの自体が開発されていなかったかもしれません。

エジソンは、「失敗」という言葉を使うことを嫌っていました。「失敗ではなく、うまくいかない1万通りの方法を見つけただけだ」 と言っているのです。完璧主義の人が恐れる「失敗」ですが、実は見方を変えると失敗ではないのです。それはつまり、「うまくいかない方法を見つけた瞬間」と言えるのです。

その方法を知ったのならば、次に同じことを起こさないようにはどうしたら良いかを考えることができます。また、「うまくいく」方法を見つけるきっかけにもなります。エジソンは1万回の試行錯誤の繰り返しによって、電球という「完璧」を手に入れました。

多くの人々が求める「完璧」ですが、それは「失敗」によって培われていくものなのかもしれません。

参考:失敗ではない。うまくいかない1万通りの方法を発見したのだ」。エジソンの失敗論に学ぶ

この記事を書いた人

匿名希望

東京にある某大学の法学部を卒業後、大手保険会社に数年勤務。
仕事をする傍らでメンタルヘルスについて興味を抱いたことがきっかけで、一念発起して心理系の大学院に入学。
1人でも多くの人に心理学やメンタルヘルスの知識を広めるため、ライターとしても活動している。

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