概要
うつ病は「こころの風邪」とも呼ばれることから、他の病気と同じように身近で、家族や友人がかかったことがある人もいるかもしれません。「こころの風邪」という言葉が世間に広まってからは、軽い病気と考えられてしまう傾向があります。
しかしながら、うつ病は、本人にとってかなりつらい症状があります。風邪のように放っておいてはいけません。うつ病はきちんと治療を行うことがとても重要です。今回はうつ病になった場合にできることをご紹介していきます。
うつ病の回復過程にあった治療を選択することが大切
うつ病治療の基本は、十分な休養と薬物療法です。まずは休養、そして同時に医師の指示通り、定期的に服薬することが大切です。徐々に気持ちが落ち着いてくれば、生活リズムを見直したり、ちょっとした運動を取り入れることが回復のカギとなります。考え方の選択肢を増やすこともうつ病の治療に役立ちます。
うつ病の治療は休養に服薬、生活リズムを見直すなどいくつかの方法がありますが、回復過程によって治療法が異なります。そのため、今自分がどの回復過程にいるのか、知ることが大切です。
うつ病の回復過程は 「急性期」 と 「回復期」 に分けられます。
うつ病の急性期と回復期の特徴
・急性期・・・気持ちが大きく落ち込み、何もやりたいと思えない時期
・回復期・・・治療によって症状が徐々に改善され、気持ちが落ち着いてくる時期
南信病院(長野県)の精神科医、武藤隆院長は、急性期は「質の良い休養と適切な薬物療法が何よりも必要」であり、改善期は「『小さな頑張り』が求められる。」 と述べています(引用:『うつ病の現在』)。
引用では改善期、とありますが、“回復期”と同様の意味で使われています。
急性期はとにかく休養をとり、薬を定期的に飲むこと。そして、回復期は『小さな頑張り』、規則正しく起き、食事を作ってみたり、または散歩に出たりと、生活の中で少しずつ活動を取り入れていきます。
回復過程の中で治療のタイミングを間違えてしまうと、症状がなかなか改善しない原因となってしまいます。 例えば、急性期なのに休まずに仕事を続けていたり、回復期にきているのに休養を続けていたり、という具合です。
急性期から回復期への移行の目安として、帝京大溝口病院の帳賢徳教授は休養していることの退屈感、抑うつ気分などが和らぎ、何かしたい意欲が出てきたら改善期のサインと述べています(引用:『うつ病の現在』)。
自分が、または家族が、今どの回復過程にいるのかよく見極めて対応をとることが重要です。次の項目からは、うつ病になった場合に自分でできることについてご説明していきます。
生活療法
十分に休養をとる
うつ病は活動のためのエネルギーが枯渇している状態です。まずは、エネルギーを蓄えるために、十分に休むことが必要です。特に休養は、急性期の治療の中心となります。
うつ病の人は真面目で責任感が強い人が多いため“休養”をとることが難しく、しっかりと休むことが最初の課題となります。
真面目な性格からか、「せっかく仕事を休んで家にいるんだから、家で何かできることをしよう」と家の整理整頓、仕事の整理や資格の取得など、家でも何か始めようとしてしまうことがあります。
何かしようとせず、横になっていることがうつ病の治療で大切な“休養”です。 この時期に家事や仕事を頑張ってしまうと、うつ病の治療が長引いてしまうこともあります。
何かしようとしてはいけません。とにかく休むことを優先させましょう。休むことがうつ病の人の課題となります。
睡眠のリズムを整える
休養をしっかりと続けていると、気持ちが落ち着き、少しずつ疲れが取れてきます。そのような状態になれば、睡眠のリズムを整えていくことが大切です。
朝は決まった時間に起き、夜も決まった時間に布団に入ります。朝はカーテンを開け、そして昼寝をしすぎることなく、夜もあまり早い時間に布団に入らないようにするのです。
睡眠のリズムを整えていくことで、徐々に生活に張りが戻り、少しずつ「何かしてもいいかな・・・」という気持ちが出てきます。
軽い運動
急性期が過ぎ、回復期に移行してくると、軽い運動も効果的です。日本うつ病学会の治療ガイドラインには、軽症のうつ病に運動療法が有効であるという記述がみられます(引用:『新版 うつ病をなおす』)。
『新版 うつ病をなおす』の著者野村氏は 「運動に適さない持病がないことをチェックしたうえで」「無理がなく、自分の楽しめる運動を週1~3回くらい行う」ことを推奨しています。
運動は、無理のない範囲で行うのが良いでしょう。家事や買い物をすることだって、体を使いますので立派な運動です。おすすめは散歩です。まずはゆっくりとしたペースで近所を歩いてみましょう。
日の光に当たることで、セロトニンと呼ばれる気分を落ち着かせる作用のあるホルモンが分泌されやすくなります。そのことも、うつ病の人に散歩がおすすめである理由です。
考え方の選択肢を増やす
人は同じ出来事に遭遇したとしても、それぞれ違う気持ちを抱きます。人それぞれ出来事への見方が違うためです。どのような見方をするかによってストレスと感じる程度も変化します。
例えば、「職場で上司にあいさつしたけど、返ってこなかった」という出来事があるとします。“きっと上司が疲れてたんだ”とか“上司が考え事をしていてこちらの声に気づかなかったのかもしれない”と考える人や、一方で、“自分は嫌われているに違いない”などと考える人がいます。
ストレスが蓄積しやすいのは“自分は嫌われているに違いない”と出来事に対してマイナスな評価をしてしまう人です。
特に、うつ病の人は“自分は嫌われているに違いない”といったマイナスの評価ばかりにとらわれてしまい、“きっと上司が疲れてたんだ”など他の考えが浮かびません。そして、心の中が嫌な気持ちでいっぱいになってしまいます。
禅僧として有名な沢庵は、『不動智神妙録』という本の中で、ひとつのことにとらわれると、心の自由も身体の自由も奪われてしまうということを指摘しています(引用:『「うつ」を治す』)
うつ病の人の“考え方”に対するアプローチでは、出来事に対してひとつの考え方にとらわれず、考え方の選択肢を増やしていくことを目指します。見方が広がることで、気分が落ち着き楽になっていきます。
ここでは、考え方の幅を広げる方法として認知療法に基づいた、“5つのコラム法” と呼ばれる方法をご紹介します。
5つのコラム法
5つのコラム法は、その考えに至った状況、気持ちなどを紙に書き記し、考えや気持ちを整理していくことを目的としています。
頭の中で考え続けると、どんどん嫌な気持ちが膨らんでしまいます。しかし、紙に書きだして整理することで、自分の考え方を客観的に見つめることができます。さらに書くという行為自体が、気持ちを発散させる効果もあります。
<5つのコラム法>
① 紙と鉛筆を用意する。
② 紙を鉛筆で縦、あるいは横に5分割する。
③ 段階に沿って、状況、不快な感情、その時に浮かんだ考え(自動思考と呼ばれます)、代わりの考え(適応的思考)、こころの変化を記入します。
5つのコラム法の書き方の例を紹介いたします。
〇第一のコラム 状況(その感情が生じた状況)
・職場の上司にはっきりと職場の不満を言ってしまった。
〇第二のコラム 不快な感情(その状況のときにどんな“気持ち”になったのか、つらい、悲しいなど)
・職場に対する腹立たしさと、不安
〇第三のコラム 自動思考(その状況で浮かんだ考え)
・もう上司に嫌われただろう。仕事ももうあまり回ってこないかもしれない。
・どうして我慢できなかったんだろう。自分さえ我慢すれば波風立たずに済んだはずなのに。
〇第四のコラム 代わりの考え(他の見方が出来ないか考える)
・不満ではなく、改善のための意見と考えれば会社のためにもなる。
・あのまま何も言わずに働き続けても不満が溜まって、いつか爆発してだろう。
・意見を言って上司に嫌われたとしても、そこまでの関係、会社だったのだろう。
〇第五のコラム 心の変化(他の考え方があることを知り、どんな気持ちの変化が生じたか)
・気持ちが少し落ち着いた。
・なんとかなるだろうと思えるようになった。
第五のコラムであまり心の変化がないようであれば、さらに別の見方ができないか検討してみてください。コラム法を行うことで、頭の中でとらわれていた考えが少しずつ和らいでいきます。
とても落ち込むような出来事があり、不安な気持ちが高まってしまっている時には、ぜひ1度コラム法に取り組んでみてください。うつ病の人に限らず、どなたでも気持ちが落ち込んだ時の対処法として、役に立つでしょう。
参考:『「うつ」を治す』
まとめ
うつ病の治療の基本は、急性期ではとにかく休むことが求められます。この時期に仕事や家事など無理をして頑張ってしまうと、症状が長引いてしまいますので、しっかりと休みましょう。
しっかりと休んで、服薬を続けてください。そして、「何かやってもいいかな・・・」そんな気持ちが出始めたら、生活リズムを整え、徐々に自分が楽しいと思えることやリラックスできる活動をしてみてください。
また、周囲の人は「うつ病」を軽く考えてはいけません。“こころの風邪”という言葉が世間に浸透し、最近では“新型うつ”など、新しいうつ病の概念が出始めた結果、うつ病を軽く捉えてしまう人が多くなったように思います。
しかしながら、うつ病はしっかりとした治療が必要で、自殺念慮なども生じる可能性のある命にかかわるものです。周りの人は“励まさず、心配しすぎず”などといった対応が求められますが、まずは本人の話にじっくりと耳を傾けてあげてください。
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